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今ここに在ることの恥 [雑感]

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日本人医師たちが外国で男性「患者」に手術をしようとした。ところが、「患者」はおびえていっかな手術台にあがろうとしない。そこで日本人看護婦が進みでて「患者」にむかって彼の母国語で「麻酔をするから痛くありません。寝なさい」と優しく囁きかけたところ、患者はうなづいて手術台にあおむいた。看護婦は医師をふりかえって<どうです、うまいものでしょう>といわんばかりに笑いかけ、ペロリを舌をだしてみせたのだという。 中略 さて、医師らは「患者」に腰椎麻酔などをほどこしてから、虫垂切除、腸管縫合、四肢切断、気管切開などを事前の計画どおり次から次へと行ったという。虫垂炎でも大腸ガンでもない健常な男に、である。生きたままバラバラに切断され、ついに絶命した「患者」は衛生兵らにより運ばれ、他にも「患者」ら多数の屍が埋まっている穴に放りこまれた。一九四二年、中国山西省の陸軍病院でいつもどおり何気なく実行された生体手術演習のひとこまである。で、この演習に幾度も参加し戦犯として裁かれ帰国した元軍医が、演習から約半世紀後の一九九三年に開かれた「戦友会」で、ゆくりなくも舌ペロリの元看護婦に再会する。生体手術演習当時、二十代だったとすれば彼女はすでに齢七十を超えていたはずだ。元軍医が彼女になにを問い、元看護婦がどう答えたのかのディテールはつまびらかでない。元軍医によると、彼女は生体解剖というよくないことがあったくらいは漠然と覚えてはいたが、具体的な光景は(おそらく舌ペロリもふくめて)忘れていたのだという。

角川文庫 39-40頁



もう十年も前になるだろうか。新幹線口から地下鉄へ向かう途中だったので、出張帰りのことだったと思う。
駅の階段を降りきったところで、一人の男性が3・4人の男性に暴行を受けている光景が飛び込んできた。
床に倒れている男性を数人がかりで蹴り、髪をつかんでは床に叩きつけ、血を吐く顔を踏みつける壮絶な光景だった。
怖くて止めに入ることも出来ず、とっさに階段の上にある交番に駆け込んだけれど、警邏中なのか誰も居なかった。
「このままでは死んでしまう!」そんな恐怖を感じてはいたものの、更にそら恐ろしかったのは、そんな状況を見てみぬフリで傍らを闊歩していく人々だった。
希望的観測として眉くらいひそめていたかもしれないけれど、誰も止めようとせず、誰も他の誰かに助けを呼びかけもしていなかった。
交番に戻ってくる警官を期待したけれど戻る気配は無く、恐る恐る「現場」に戻ったら、すでに私刑は終わったのか被害者の血の跡だけが残っておりました。

昨今、頻発する凄惨な無差別殺傷事件を思う。直近では大阪の事件。
出所直後で住居も職の当てもなく、所持金20万円のみの現実に自殺しようにも死に切れず人を殺した。。。

事件そのものは許しがたいものであるけれど、果たして、その現場を録画しyoutubeにアップする余裕のある者が、『許しがたい』と言えるものだろうか。
決して屈強とはいえない容疑者を、男女問わず数名で組み敷くことは不可能なことであったのか。
被害者が自分の親であったら、あるいは子供であったら、「恐ろしくて見ているしかなかった」という反応にはならないだろう。

こういう凄惨な事件の後のワイドショーほど酷いものはない。
今日はどの番組も『恐ろしくて防ぎようが無い』といっていた。
出所したばかりで住居も職も無く、所持金20万円で途方にくれる者に対し、平気で『甘い』という。

所持金40万で離婚を決意し、新しい住まいと職を探した経験があるアタシには全く笑えない。
その不安と恐怖にまみえた経験のある者は、簡単に「甘い」などと言えないと思うし、同じ思いをする人が無いよう、社会保障の充実を望むのだけど、橋下なんかのメンタリティーは逆に作用するんだろうかね。

<心斎橋通り魔>大阪府知事「死にたいなら自分で死ねよ」

ミナミの通り魔事件について、大阪府の松井一郎知事は11日、記者団に「死にたいなら自分で死ねよ(と思う)。人を巻き込まずに、『自己完結』してほしい」との認識を示した。また、「そういう(自殺したいという)状況に置かれているなら、(府の)自殺対策の窓口に来ればいい。行政の支援も受けたくない、この世からいなくなりたいなら、(自殺を)止めようがない」と持論を述べた。

その行政の支援、簡単に受けられないでしょ。>オオサカ!

犯罪者は短絡的だと思う。が、その犯罪者をメディアで評する者やネットで揶揄する者は、もっと短絡的で想像力を欠如した愚かな者だと思う。
コロセウムの外延で、内延を知りえない者の言う持論ほど罪(crime)ではないものの、恥辱(sin)に塗れたものはないように思う。

もちろん、出資会社の要請だからといって、このご時世にあたり電力会社のイベントに参加せざるを得ない自分も含めて。


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